風見鶏テキスト

たまに思い出した様に散文詩を書きます。

犬脚のモユコ

Y字路に佇み
黒い影の男が歌いますは
楽園を捨てた十字架の歌
使い古された丸いオルガンでは
はい
誰も見向きも止まりもしない

その傍ら
白地の点線線路の上で
毎夜赤が揺れる
赤い服着た目立つ少女
歩きずらそうなハイヒール
今日も暫し影男をじっと見つめ
ロボットみたいに跳ねながら
ぽこぽこひょこひょこ
去って行く

前歩く人と後ろ歩く人の中を
切り分けて見えるよ
犬脚の少女は両手両足が同時に
動いてしまうから

少女の名はモユコ
モユコ
不幸にも犬脚を持った
可哀想な娘でさ
モユコ
顔はそれなりに可愛かったけど
十五年越しの犬脚じゃあ
誰も見初めやしない
アオーン

モユコ
モユコは少女で化粧をしてさ
何時でも困った顔をして
影男の奇妙な歌を歌ってる

「花園迷路に迷う小鳥
 囀り忘れさよならするの
 飛び立つ翼が錆びて枯れても
 私は思う遠い影」

青白い顔を真白く染めて
赤い口紅が毒々しく照かり
人と目が合えば睨み付け
ぽこぽこひょこひょこ逃げ続ける

この世のこの上なく美しい
表面だけのカタカナ
ズキズキする痛みを我慢しても
泣き腫らした目は青く腫れてるよ
モユコは可哀想だと思うが
モユコは人を嫌ってるから
僕達はきっと近づかないで見ていようね

犬脚の少女は毎日何処かに帰る
誰かに見られない様に
こっそりと走って
僕達はそれを見て
拝むみたいに手を合わせて泣くだろう


何時しか
街は朧気に変わり
繰り返しの忙しさの中
犬脚の少女の事など
誰も見なくなり考えなくなった

それでも僕は今でも
彼女の事を時々思い出すのだ
何時も彼女が通る電柱に
ひっそり立ってみたりもしたが
彼女と話をする事は何十年立っても無かった

そして
僕が仕事でこの街を去る晩
彼女が野良犬に犬脚を噛み千切られて
出血多量で死んでいたのだと噂で聴いた
僕はその晩ずっと泣いて
街を起つのを翌日に延ばした

少女の名はモユコ
モユコ
不幸にも犬脚を持った
可哀想な娘でさ
モユコ

今では彼女の顔や声は
全く思い出せもしないけれど
彼女の歌う奇妙な歌だけは
僕の耳に何時までもグルグルこびり付いてる